大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(行ツ)44号 判決

福岡市南区平和二丁目四番一〇号

上告人

松下サダ

同博多区上呉服町一三番二四三号

上告人

大山マス

右両名訴訟代理人弁護士

吉村安

橋本千尋

福岡市中央区天神四丁目八番二八号

被上告人

福岡税務署長

松永徳治郎

右指定代理人

山戸利彦

右当事者間の福岡高等裁判所昭和六三年行コ第一号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一二月一四日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人吉村安、同橋本千尋の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下において、本件土地の譲渡について租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三五条一項の規定の適用はなく、本件再更正処分は適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論違憲の主張はその実質において単なる法令違背の主張にすぎないところ、原判決に法令違背のないことは、右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一)

(平成元年(行ツ)第四四号 上告人 松下サダ 外一名)

上告代理人吉村安、同橋本千尋の上告理由

原判決は、以下の理由により、租税特別措置法(以下「措置法」という)及び租税特別措置法取扱通達(以下「通達」という)三五-一四(2)の解釈を誤り、憲法三〇条、八四条、一四条、三一条、八一条に違反するので破棄を免れ得ない。

一 原判決の基本的誤り

1 国民の租税負担に関する基本認識と司法権の責務に関する認識の誤り

原判決は、本件の前提として、通達三五-一四が存在しなければ、同三五-一三に該当する場合を除き、措置法三五条一項の適用はできないとする。

しかしながら、右判断は、基本的な発想が誤っている。

国民の自主申告に基づく納税義務(憲法三〇条)は、公共財政の負担という意味において、参政権と並ぶ国民主権(憲法一条、四一条)の発動形態である。

負担の在り方については、一定の基準に基づく形式的平等が原則であるが、個人的事情が優先する場合があることを認め、国民は国会を通じて税負担の減免措置を合意している(憲法前文、四一条、所得税法、租税特別措置法)。本件の居住用財産譲渡の特例についても、自己の居住用家屋をもつことは国民共通の願いであることを背景として、従前の居住用家屋を売却した場合にその資金をもって新たな居住用家屋を購入しやすくすることを是としたものである。

確かに、措置法三五条自体には土地区画整理法に関する場合は規定されていないが、本件一審判決、そして原判決も土地区画整理法の事業の場合における措置法三五条の適用の必要性を肯定している。他方、土地区画整理法(昭和二九年法律第一一九号)の制定は昭和二九年である。この両者を総合して考えれば、法の欠缺は立法の怠慢以外の何物でもない。通達なかりせば法の適用もまたなしとすることは、同様の減税事由があるにもかかわらず、一方は減税をし他方はこれを否定することとなって、租税の平等負担の原則(憲法一四条)に違反する。

また、本件の如き法制度と現実との乖離に基づく不平等を法解釈の範囲内で救済することは、国民が司法権に対し付託した責務と言うべきである(憲法八一条)。原判決は、これらの諸点からみて明らかに憲法に違反している(右責務に応え、自己の意思で建物を除去して更地を売却した場合につき措置法三五条の拡張適用を認めた判例として、東京地裁昭和五四年一一月一九日判決。訟務月報二六巻二号三五四頁。東京高裁昭和五六年一一月一〇日判決、税務訴訟資料一二一号二五四頁。最高裁昭和五七年九月三〇日判決、税務訴訟資料一二七号一一四七頁。)。

2 租税法律主義違反及び憲法秩序の調和違反

法形式を問わず課税若しくは減税要件を設定する場合、同要件を熟知することを前提とすれば、如何なる場合にどの様な課税を受けるかを納税者が予測できるようにしなければならない。成文法を以って納税義務の範囲を定めることを要請する租税法律主義の趣旨からみて当然の要件というべきである(憲法三〇条、八四条、所得税法一条にいう「課税所得の範囲」)。

また、減税措置が定められていてもそれが画餠に過ぎないとか、減税措置を享受するためには自己の意思に反しても他の公共的事業への協力を拒絶しなければならないなどと言う事態を招く要件の設定をしてはならないことは論を待たない。憲法は、実体法の公正さも要求しているとみるべきであり、また、自己の規定する他の条項との調和を予定していることは当然であることから、納税義務に関する法もまた、当然にこれらの要請を充足するべきである(憲法三〇条、八四条、二九条、三一条、所得税法一条「納税義務の適正な履行を確保する」)。

ところが、原判決の示す結論は、右の各要請に反し、納税者から課税所得の範囲に関する予測可能性を奪い、若しくは、土地区画整理事業への協力の意思を規制するものであって、右にみた租税法律主義の要請及び憲法所定事項内の調和の要請に反するものといわなければならない。

二 原判決の具体的不当性

原判決は、通達の文理解釈に固執し、その結果導いた結論が如何に納税者を困惑させるものか、また、土地区画整理事業に混乱をもたらすものかを見ようとしない。

右のことは、原判決の示す結論に従った場合、本件のようなケースにおいて、納税者が事業主体の任意退去申出に協力しつつ措置法三五条に基づく減税措置を享受しうるかを具体的に考察すれば、一見して明らかである(以下の検討においては「事業のため」であることは当然の前提とする)。

1 通達三五-一四(2)イ(以下「通達イ」という)

要件を総合すれば、次の三要件となる。

要件〈1〉 退去は仮換地指定前後を問わない

要件〈2〉 譲渡は仮換地または使用収益停止後

要件〈3〉 譲渡は退去時を起算点として三年を経過する日の属する年の一二月三一日まで(以下「三年余」という)

(1) 仮換地指定前に任意退去に応ずる場合

この場合、減税措置を享受するためには、まず、退去後三年余内に仮換地の指定がある事を確保する必要がある。退去後三年余以内の譲渡で且つそれは仮換地指定後の譲渡でなければならないからである。

更に、取引において不利な立場に立たないためには、退去後三年余以内に原判決の言う「使用不能期間」が終わる(交換価値及び使用価値を具備し、通常の取引条件で譲渡できる)ことを確保する必要がある。けだし、譲渡は仮換地指定または使用収益停止後であることが要件であるから、退去後三年余の期間が「使用不能時期」にかかるかもしれず、そうなれば本来の価格での譲渡は社会通念上不可能だからである。

納税者は、どうすればよいか。

まず、納税者自身が、自己の努力で、退去後遅くとも三年余以内に仮換地の指定を確保するとか、仮換地先の工事そのものが三年余以内で終わり且つ使用収益が可能となるようにすることはできない。

とすれば、建物除去契約に、土地区画整理事業の事業主体の義務として、退去後三年余以内に仮換地指定をなすこと及び使用収益は三年余以内に可能となるよう工事を行うことを定め、万一違約した場合は租税負担額を損害賠償金として支払うという条項を盛り込むことを考えねばならない。

しかし、事業主体としても、土地区画整理事業が多数の住民についての集団的処理であり、工事規模も大きいことから、仮換地の指定時期や工事完了時期についてこの様な契約上の義務を負うことは困難であろう。また、万が一損害賠償を負担することになれば、事業全体の予算上の混乱もはかりしれない。したがって、この様な建物除去契約自体その締結は困難となろう。

結局のところ、三年余以内に仮換地の指定があり且つ使用収益が可能になるという保障が何もなく、契約上もこれを確保できないとすれば、納税者としては、任意退去を拒むか、譲渡を断念するか、退去後三年以内に仮換地の指定があり且つ使用収益ができるようになる事に「賭けて」退去を断行するほかない。

(2) 仮換地指定まで退去を拒み、指定を待って退去する場合

前提として、本件野村アイの如き土地区画整理事業への協力ということはできない。

更に、この場合でも、退去後三年余以内に使用収益が可能となると言う保障がないことに変わりなく、退去時の判断としては、退去後三年余の終期に不利な条件で売却する危険を甘受せねばならない。

この危険を回避しようとすれば、使用収益可能日の指定まで、若しくは、少なくともその目途が立つまで退去を拒むか、譲渡を断念するか、相変わらず退去後三年以内に使用収益ができるようになる事に「賭けて」退去を断行するほかない。付言するが、使用収益可能日の指定時期というのは土地区画整理事業の最終段階であり、使用収益の「目途」が立つと言っても納税者自身では左右できない不確定な事柄である。

(3) まとめ

結局のところ、通達イによる場合は、退去が仮換地指定前か後かは問わず、退去後三年余以内に通常の取引きができる状態になっていることが保障されないのであるから、納税者としては、退去を断行する以上、「使用不能期間」中に通達イの期間制限が到来することにより、譲渡を断念するか、または、不利益な条件で譲渡する危険を負担することにならざるを得ない。納税者の努力によってこうした危険を回避する手段は、与えられていない。

上告人が、通達イをして措置法の要件の機械的転用であり実際には機能しないと主張してきた所以である。原判決は、各要件の期間が接着している場合などという架空の事例を設定したうえ、通達三五-一四(2)ロの場合と比較して許容される期間の長短を論じたり、前提とされるケースが全く異なる通達三五-一三の要件との機械的比較をもって通達イの実行性を説示しているが、それがいかに空疎なものかは明らかであろう。したがってまた、通達イの要件を考慮して通達三五-一四(2)ロの要件を考察するという原判決の思考も、皮相的なものに過ぎないのである。

2 通達三五-一四(2)ロ(以下「通達ロ」という)

要件は次のとおりである。

要件〈1〉 退去は仮換地指定前一年以内

要件〈2〉 譲渡は使用収益可能となって一年以内

(1) 仮換地指定前に任意退去に応ずる場合

使用収益可能となってから一年以内に譲渡しなければならないという点については、予め準備が可能であり、納税者の努力で解決可能である。

しかしながら、除去後一年以内に仮換地の指定を確保することは納税者自身はできない。

そこで、建物除去契約に、事業主体の義務として、退去後一年以内に仮換地の指定をなすべきこと及び違約の場合は租税負担相当額の損害賠償金を支払うという条項を盛込むことを考えざるを得ない。

しかし、この場合も、前記同様の理由で、事業主体はこの様な契約上の拘束を受容することは困難である。

仮換地指定前の退去を想定した場合、退去後一年以内に仮換地の指定がなされるという保障が何もなく、また、そのことを契約上も確保できないとすれば、納税者としては、任意退去を拒むか、譲渡を断念するか、退去後一年以内に仮換地の指定があることに「賭けて」退去を断行するほかない。指定の目途が立つまで待って退去すればよいとの考えもあろうが、退去の遅延による事業の遅延はさておいても、同指定が集団的処理であるため、将来の一定時期に確実に指定できるということは事業主体さえも確約しがたい。したがって、「目途」といっても結局は納税者が支配できない事柄についての蓋然性が増したということにすぎず、その「目途」が崩れる危険を何の落度もない納税者が負担することになるのである。

(2) 仮換地指定後まで待って退去する場合

では、仮換地指定後に限定すれば全てが解決するか。確かにこの場合は、使用収益可能となって一年以内の譲渡という要件だけとなり、納税者の努力によって解決できるものであって、減税措置の適用についての予測可能性を奪われることにはならない。原判決は、通達ロの本来の要件はそのようにすべきであったとする。

しかしながら、この結論は、事業主体に対し、事業施行区域内の所有者で家屋譲渡を意図するものがあった場合は、税負担の関係から仮換地指定前の任意退去は不可能になるという事態を甘受せよ、というに等しいのである。原判決も認める土地区画整理事業の実際の進められ形と、原判決が説示する課税要件を考慮して財産譲渡をなす納税者を、現実の場面で想定すれば、課税要件が土地区画整理事業の円満な進行を破壊することになるのである。

では、町が新しく生まれ変わるときに、その町を捨てて他へ転居するという事態は希であろうか。まさに本件が適切な例といえようが、住み慣れた町が再開発によって生まれ変わるとき、自己の老後を過ごすには適切でないとして住居の移転を考えることは自然である。一方で、人口集中対策や都市機能の向上を目指して、のどかな佇を残す町が再開発の対象となり近代的都市に変貌していくであろうことは見やすい道理である。そして他方で、核家族化と高齢化社会が進む中で、都心から離れ落ちついた老後の生活を望む人も増えよう。本件は、決してレアーケースでもネグリジブル・スモールでもないと考える所以である。

3 通達三五-一三

原判決は、右通達をも本件の検討対象にしているが、そもそも通達が制定されるときに想定された事例が本件とは全く事案を異にするという点で既に失当である。

同通達は、土地区画整理事業施行区域内ということから招来する特殊性を何ら考慮していない。同通達の要件自体は納税者の支配内の事柄であるが、土地区画整理事業の場合、原判決のいう「使用不能期間」の長期化があり、そのことについて納税者が支配力を及ぼせないことが問題になっているのである。したがって、同通達の要件である、収去から一年以内の契約とか退去から三年余以内の譲渡を充足しようとしても、納税者に対してその実行可能性自体が保障されていない以上、同通達の適用を考察に加えても無意味である。

通達三五-一三を持ち出すのであれば、むしろ、納税者の平等をこそ考えるべきである。すなわち、高く売れるからということで自発的に家屋を取壊して一年以内に敷地を売った者を減税対象にしているのであるから、町の再開発に協力して家屋を取壊し再開発の工事期間中の土地処分ができないために仮住まいのまま待機したうえ、利用できるようになって一年以内に土地を売却した者は、前者との対比において、減税対象とすることに何等の不都合もないはずである。

4 まとめ

以上のように、原判決は、自己の結論に従った場合、それが納税者にとって何を意味するのか、また、土地区画整理事業の実態に如何に反するものになるのかを理解していない。これら対するリアリティーを持っていないために、通達の文理解釈に終始し、全く不当な結論を下しているのである。

三 通達三五-一四(2)の文理解釈による要件の不当性

同通達を文理解釈した場合に、この様な不当性を招来する原因は、同通達がその要件の設定の仕方を明らかに誤っているからである。

1 期間制限の意義の質的な相違

措置法の要件である「災害により家屋が減失してから三年余以内の譲渡」、通達三五-一三の「家屋除去後一年以内の契約」及び「退去後三年余り以内の譲渡」という期間制限は、いずれもその要件が納税者の支配内の事柄であり、納税者の努力によって解決可能なものである。

ところが、通達イ及び仮換地指定前の任意退去の場合の通達ロの期間制限は、いずれも納税者の支配内に無い将来の出来事を要件としているのである。一審判決が看破したように、両者は質的に異なるのである。「退去後三年余後の使用収益可能日の指定」にしろ「仮換地の指定」にしろ、事業主体にすら確定的な将来予測ができない事柄であり、結局のところ、納税者にとって取引条件で不利益を受けずに減税措置を享受できるかどうかは、上告人らがつとに指摘してきたように一種のギャンブルにほかならなくなる。原判決の言うとおり、確かに通達を含め課税要件は公表されている。しかし、納税者が法や通達に至るまでの課税要件を熟知して自己の財産を譲渡しようとしても、減税措置を受け得るかどうかが「偶然のゆえい」にかかるというのは言語道断であり、主権者を愚弄するものである。

唯一、仮換地指定後の任意退去の場合の通達ロの要件のみが、過去の確定事実と納税者の支配内にある事情とによって構成されているが、前述のごとく、租税法制によって土地区画整理事業の円滑な運用を破壊する結果となるのである。あえて言えば、土地区画整理事業の施行区域内の居住用財産の譲渡を意図するもので減税措置を確実に受けたいものは、いかなる事情があろうとも仮換地指定前の退去は拒否せよと命ずるに等しい。

2 措置法及び通達イの期間制限の趣旨

もともと、措置法が、居住用家屋の減失後の土地のみの譲渡に期間制限を設けたのは、新たな居住用家屋の取得の必要性を担保するためであったとみるべきである。

措置法及び通達の定める要件を総合的に考察すれば、土地のみの譲渡の場合、

〈1〉 新たな居住用財産の取得蓋然性を担保するための家屋除去を起算点とした期間制限(取得蓋然性担保期間)

〈2〉 措置法の明示する「災害」という限定からくる拡張解釈の許容範囲としての建物除去に関する社会的な意思強制の契機(家屋除去の不任意要件)

〈3〉 譲渡可能となってからその実効までの期間制限(譲渡実効猶予期間)

の三要件が課されていると考えられる(上告人ら本件一審提出の昭和六一年九月一七日付第一準備書面「第二、一」)。

措置法三五条の期間制限は、取得蓋然性担保期間である。すなわち、自己の居住用家屋が存在しなくなったにもかかわらず、三年余りもその敷地を売却しないということは、当該敷地の売却代金を利用せずとも新たな居住用家屋が確保できたものと推認できることから、同条の立法趣旨からみて、もはや減税の必要性はないものと判断して定められた要件である。

ところが、土地区画整理事業区域内に居住用の土地、家屋を所有していた場合、事業に協力して家屋を除去し、且つ、新たに居住用家屋の購入を意図してその敷地を売却しようとしても、それは事実上不可能なのである。措置法の定めた三年余りという期間制限は、何ら規制のない状況での土地の売却に関しては、納税者の努力と相俟って充分な余裕をもったものである。しかし、土地区画整理事業の場合は、その事業期間の長期化からみて三年余りという制限は短期に過ぎ、且つ、土地所有者としては自己の努力を以てその短縮を図りようがないのである。措置法の前提は、「できるのに、しない」であるが、土地区画整理事業の場合は、「しようとしても、できない」のである。

以上の考察から明らかなように、また、上告人らが一審から主張してきたように、措置法三五条が、家屋が滅失した場合の新たな居住用家屋の取得蓋然性を、家屋滅失時を起算点とした期間制限を以て担保しようとした趣旨は、土地区画整理事業の施行区域内の場合、その適合性を喪失するのである。

同様にして、措置法の要件を借用した通達イの期間制限もまた、前述のごとく具体的に考察して明らかなように、その適合性を有しない。

3 通達ロの制定趣旨

これに対して、通達ロは、家屋退去ないし除去とその敷地の売却との間の期間制限を課していない。まさに、これまでの考察で明らかになった土地区画整理事業の特質を考慮し、このような期間制限で新たな居住用家屋の取得蓋然性を担保することができないということを、通達自体が自認しているものである。したがって、土地区画整理事業の場合に実質的に機能するのは、通達ロをおいて外にない。

通達ロ後段の使用収益可能となって一年以内の譲渡という期間制限は、前述の譲渡実効猶予期間である。

取得蓋然性担保期間については、土地区画整理事業のために家屋を除去した場合、家屋除去後に居住している居所は仮住まいに過ぎないとの判断から、その期間の長短を問わず、従前の家屋の敷地の売却代金による新たな居住用家屋の取得の蓋然性が喪失したとは推認しないものと考えているとみるべきである。けだし、前述の如く、土地区画整理事業区域内の場合、「売りたくても、売れない」という状況が長期間続くからである。

そして、仮換地の指定に関連する期間制限は、上告人らが本件一審から主張し、被上告人もその趣旨としてこれを認めているように、土地区画整理事業の強制力を背景とした家屋除去の不任意要件なのである。そうであるとすれば、この要件に、納税者の支配できない将来の事実の発生時点から納税者の行為時点を逆算するというような不合理な期間制限を課す必要性は全くもって存在しない。原判決は、土地区画整理事業の強制力との近接性等の諸事情を総合考慮した結果というが、そうした諸事情は、家屋を退去しその除去契約を締結する時点の納税者に知り得る事情の範囲を越えているのである。事後的にみて初めて、退去や家屋の除去が仮換地指定と期間的に近接していたか否かが判断できるに過ぎない。そうした将来の出来事に対する予測を誤ったことがどうして納税者の負担に帰されなければならないのであろうか。更に言えば、この将来の事実の発生時期は、最も当該事業の状況に精通している事業主体にすら確定的に断言できることではなく、結局のところ「偶然のゆえい」に過ぎないのである。

原判決は、このような論難を想定してか、家屋除去を仮換地指定前一年とする期間制限は、その趣旨が必ずしも明らかではないとする。そして、通達ロは本来、仮換地指定後に限定すべきであったと説示する。しかしながら、前述したように、原判決のこの結論は、通達の本来の制定趣旨であった土地区画整理事業区域内の納税者に対する措置法三五条の合理的適用という観点を逸脱するものでしかない。文理解釈に固執するあまり、土地区画整理事業の円満な進行という観点を没却し、同事業と徴税制度とを矛盾対立させる結論を示しつつ、このことについて全く無自覚なのである。公共事業の推進に協力するという国民の自発的努力と協調的精神を踏み躙るじるものであって、司法判断の名に値しないものである。

4 結論

以上のように、通達の文理解釈のみに依拠して本件処分を適法であるとする原判決は、以下の点で憲法及び租税の基本法の趣旨に反する。

まず、原判決の示す解釈によって、措置法通達三五-一四の大半が家屋除去という重大な財産処分時に、それによって如何なる税負担となるかの予測を納税者から奪う結果となる点は、租税法律主義(憲法三〇条、八四条)に基づき課税所得の範囲を明示して国民に租税負担の予測可能性を与えようとする租税法律主義に違反する。

更に、措置法の拡張適用をすべき実質的根拠があり、本件一審判決のごとく通達を解釈すれば法の平等な適用が図れるにも拘らず、拡張適用の実質的根拠は肯定しつつも誤った通達解釈の形式的適用によってこれを否定した点で、租税法律主義においても要請される法の下の平等(憲法一四条)に違反する。

また、その解釈の帰結により、租税負担故に土地区画整理事業への協力という公共の福祉に合致する国民の行為を制約する点で、法制度間に矛盾・衝突をもたらし国民に混乱を生ぜしめるものであって、法の公正な解釈といえない(憲法三〇条、八四条、所得税法、措置法、憲法二九条、土地区画整理法一条、憲法三一条、八一条)。

四 通達三五-一四(2)正当な解釈

以上の考察によれば、土地区画整理事業の際の居住用財産譲渡の特例の適用を、納税者の課税に関する予測可能性を確保しつつ、且つ、土地区画整理事業とも調和させるためには、通達ロの仮換地指定前一年以内という要件を認定基準と解するほかない。これにより通達自体を救済すると共に、その制定趣旨をも満足させる結果となるのである。

上告人及び本件一審判決が示した通達ロの解釈は次のとおりである。

土地区画整理事業施行区域内にあって、「土地区画整理事業のため」に家屋除去をなした場合は、納税者が仮換地の使用収益可能日から一年以内に土地を譲渡すれば、土地区画整理事業の法的強制力や事業期間の長期化に伴う仮住まいの長期化という特殊性に鑑み、家屋除去から使用収益可能日までの間の「使用不能期間」の長短にかかわらず、新たな居住用家屋の取得蓋然性が消滅していないものと擬制し、措置法三五条一項を適用する。

右の場合において、仮換地の指定の一年前までに家屋の除去をなした場合は、土地区画整理事業の強制力の発動との近接性故に、同「事業のため」家屋を除去したものと推定する。明らかに「事業のため」でない場合は、徴税者は、その立証の負担において措置法三五条一項の適用を拒否できる。通達三五-一四頭書き中の括弧書きである「土地区画整理事業等のために行われるものに限る」との記載は、右趣旨を示す注意規定である。

仮換地指定の一年前以前に家屋除去をなした場合は、納税者は、徴税者に対し、その家屋除去が「事業のため」であることを立証しなければ措置法三五条一項の適用を受けられない。この場合において、納税者は土地区画整理事業の事業主体との家屋除去契約書等の文書により、右「事業のため」であることを立証することができる。

通達イは土地区画整理事業の実際を考えると機能せず、また、財産処分時において納税者から課税所得の範囲に関する予測可能性を奪うものである。したがって、通達ロを目的的に解釈して通達の制定趣旨を生かすほかない。この結果、確かに原判決が指摘する文理解釈上の難点が生ずるかもしれない。しかしながら、あくまで文理にこだわって形式的な解釈に終始すれば、詳述したように全く不当な結論となり、通達が本来意図していた土地区画整理事業の場合における措置法三五条一項の適用ということ自体が画餠に帰すのである。

また、原判決は、例外の例外であるから厳格な解釈が必要であるとするが、冒頭で述べたように、本来は例外の一適用事例として立法化されるべきケースであり、措置法三五条に列挙されるべきものである。また、例外であるからといって、租税法律主義の基本的要請を無視した不合理な要件を定めてもよいことにはならない。

しかも、上告人及び一審判決の示す解釈は、無限定な例外の再生産を生み出すようなものでなく、立証責任の配分という点でも、徴税業務の便宜と納税者の公平・平等に資するものである。

以上の諸点に鑑み、本件通達の文理解釈に依拠し本件処分を適法とした原判決は、冒頭に記載した憲法の諸条項に違反するのであるから、速やかに破棄されて本件処分の違法性を認め、上告人らの事案について措置法三五条一項の適用を認められたい。

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